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■著者より
失意と悲歎の表現がほぼ全編を貫く『冬の旅』は,ミュラーが社会的に成功し,幸福な結婚生活を送っていた時期に執筆されたことから,従来,詩人の実人生との関連が否定ないし軽視される傾向がありました。一方,復古主義や機械文明への批判,世界苦や疎外等,作品執筆当時のミュラーの思想と関連づけた論が多く見受けられます。すなわち従前の『冬の旅』論においては,作品が成立した頃との関連からのみ考察されてきたといえるでしょう。
近年の,ミュラーの生涯に関する研究においては,1814年晩秋に詩人が軍を離れてブリュッセルから単独帰還した旅と,その体験による心の傷が,作品との関係において重視されています。けれども1815年以前の資料が非常に限られているためか,この時期までの具体的な考察が十分なされることはなく,ミュラーの告白的内容が最も描かれている晩年の小説『デボラ』と『冬の旅』との関連も,ほとんど論じられることがありませんでした。
本論文は,作品成立までの詩人の全人生と,その体験に基づく苦しみが『冬の旅』と深く関わっているという想定のもと,人生との関わりを重視しながら,作品の根底にあるものを追求しようとするものです。資料が少ない時期に関しては,作品から生涯を類推し,ミュラーの生涯全体を再構築し,その過程において,『冬の旅』を中心とした作品解釈もしています。
詩の分析においては,何がいかに描かれているかに目を向け,モチーフと韻律というふたつの主な観点による論を展開しました。本論文では,詩の中で突然時間的・空間的な転換が行われることにも焦点を当てています。その転換点において詩を分断し,他の詩に共通するモチーフ等をてがかりに,時間的・空間的距離を置き換えたり組み合わせたりすることによって,別の作品等から詩の解釈を行い,詩人の思いを類推することができました。
この研究により,ミュラー作品における特徴の多くは少年期に確立していたこと,解放戦争前線兵士時代ならびに2度の失恋の苦悩が作品全体の根底にあること,シューベルトは,絶望と諦念をそのまま受け止めようとする詩人の姿勢に惹かれた等の考察の他,詩と韻律と音楽とのポリフォニーのような構築性等,数多くの新たな見解を得ました。従来の研究で具体的に論じられることのなかった数々の内容,たとえばデッサウ帰還後の故郷喪失感,イタリアの民衆詩の影響を受けた斬新なリトルネル,これまでほとんどその長所しか述べられることのなかったルイーゼの人物像等,ミュラーの作品において見逃すことのできない重要な点を論じています。
構成は全8章で,中表紙を含めると計264ページです。結語では,ミュラーの詩作と生涯の意義,それが『冬の旅』にどのように現れ,なぜこの作品が現代の我々の心をも捉えるのかを中心として,シューベルトの解釈表現も含めてまとめました。
研究を進めるにあたり,終始懇切なるご指導と激励を賜りました主任指導教授の先生に,心から感謝いたします。研究室の他の先生方,査読して下さった他研究室の先生方からも貴重な助言をいただきました。闘病されながらも,入学当初より熱心にご指導くださり,2008年9月に他界された元指導教授の先生にも,哀悼の意を表しつつ,深く感謝いたします。論文執筆中の研究発表に参加して下さった研究室,学会関係のみなさま,ありがとうございました。投稿論文等でお世話になった方々,課程博士学位取得を強く勧めてくださった先生方に厚く御礼申し上げます。常に協力してくださった友人,甲斐貴也さんにも深謝します。
文学博士 渡辺美奈子
■目次
序 3
第1章 研究の目的と方法 6
I.1. ヴィルヘルム・ミュラー研究史 6
I.2. 『冬の旅』に関する先行研究と諸問題 9
I.3. 「リンデの樹」を中心とした出版詩集と自筆との比較 12
I.4. 本稿における研究方法と構成 16
I.5. 『冬の旅』の成立と出版過程 17
第2章 少年期(1794年〜1812年夏) 20
II.1. 生誕地デッサウ 20
II.2. 手工業者の生活と遍歴職人のモチーフ 24
II.3. 啓蒙主義的な学校教育 28
II.4. 初恋と恋愛観の形成 32
II.5. アビトゥーア作文と愛国主義 39
II.6. 詩人の使命 42
第3章 解放戦争従軍時代(1812年秋〜1814年夏) 48
III.1. ベルリン大学入学の頃 48
III.2. ロシア・プロイセン同盟軍前線への従軍と「緒戦の朝の歌」 52
III.3. 「追憶と希望」に見る初期ミュラーの韻律 55
III.4. バウツェンでの過酷な戦場体験 59
III.5. ミュラーの宗教観 64
III.6. ブリュッセルでの恋愛 70
第4章 ブリュッセルからデッサウへ(1814年秋〜1814年冬) 75
IV.1. 『デボラ』に暗示される絶望体験 75
IV.2. ブリュッセルからの追放 80
IV.3. 音の誘惑 87
IV.4. 『冬の旅』における鬼火 92
IV.5. 『冬の旅』に描かれた死と誠実 96
IV.6. 被追放者としての自己認識 103
第5章 ベルリン時代(1815年〜1817年夏) 111
V.1. 復古期の出版事情と検閲 111
V.2. 恋愛詩における象徴性 116
V.3. 天体の擬人化とルイーゼの人物像 124
V.4. 「夢」についての考え方 132
V.5. 『美しき水車小屋の娘』の成立 139
V.6. 詩の構成における対照性 143
第6章 成熟期(1817年8月〜1825年) 149
VI.1. ウィーンおよびイタリアの旅 149
VI.2. 民衆詩への関心 155
VI.3. 公職就任と検閲問題 159
VI.4. 結婚と詩集『角笛吹き 77』の公刊 164
VI.5. 「ギリシア人の歌」と『冬の旅』の成立 167
VI.6. 『角笛吹き II』の出版 172
第7章 晩年(1826年〜1827年9月) 178
VII.1. 自己認識と体験描写 178
VII.2. 最後の旅と交友 184
VII.3. ゲーテの冷遇 188
VII.4. 死と埋葬 192
VII.5. ウーラントの影響とハイネからの評価 195
VII.6. 「リート」における民衆性と芸術性 200
第8章 ミュラーとシューベルト 207
VIII.1. 『冬の旅』以前のシューベルト 207
VIII.2. 『冬の旅』歌曲集の出版 213
VIII.3. 自筆譜に描かれたもの 216
VIII.4. 循環的構造 222
VIII.5. 「おやすみ」の韻律的分析 226
VIII.6. 「おやすみ」に見る詩と音楽 234
結語 239
年表 246
文献表 252
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